前回、前々回と、期待と失望の関係、そして「期待はしない方が良い」という意見について思うことを書かせていただきました。
今回、期待はしない方が良いという意見について、私なりに思うことを書かせていただきます。あくまで、私個人の意見ですので、「そういう考えもあるんだなあ」くらいに捉えていただければと思います。
まず、個人的な意見を書く前に、2つの前提を書いておきたいと思います。
1つ目は、期待することの弊害についてです。人は期待通りにならなかった時にガッカリしてしまい、そこから自分の気持ちが落ちてしまったり、それが原因で人間関係がギクシャクしてしまう、というようなことがあります。
2つ目は、昔よりも人や環境に期待をする人が増えたということです。
日本は古来から、「万物に神が宿る」と言われている八百万の神の国です。人々は自然を怖れ、敬って生活をしてきました。
神様に囲まれて生活をしている訳ですから、周りの環境をコントロールしようという考えは希薄だったはずです。
しかし、世の中がどんどんと便利になり、人間がコントロールできる領域が広がっていきました。
暑かったらクーラーを入れ、寒かったらストーブを入れる。
お腹が空いたら24時間やっているコンビニがある。
知りたいことがあったら、いつでもスマホで調べることができる。
といった、普段の生活で中でも、受け入れて我慢をするということは減っています。これは、もちろん良いことでもありますが、何でも周りの環境をコントロールできるのでは?と勘違いをしてしまう危険性もはらんでいます。
何か嫌なことがあった時、本来は自分を変えるべきであるのに、環境を変えようとする癖がついてしまっている人が増えているのでしょう。
それが、社会問題として表面化しているのが、クレーマーやモンスターペアレンツといったことなのだと思います。
このような背景があり、「期待をする」という相手に影響を及ぼそうとすることはせず、「期待をしない」という自分の内面を変えることを勧める考え方が、アンチテーゼとして増えたのではないでしょうか。
ここまでが前提の話になります。しかし、そうは言っても「期待=してはいけない」という意見は極端だと思います。
そして、「期待をしない」ことももちろん大切ですが、多くの場合においてそれ以上に大切なことがあります。「期待をしない」という信念が、本来もたらされるはずだった幸福を奪ってしまう可能性があるように思いますので、そのことについて書いていきます。
そもそも、どうして期待をしても、その通りの結果にならないのでしょうか? それは、期待と現実の間にズレがあるからです。
期待をしないという選択をすることで、この期待と現実のズレをそのままにしてしまうケースがあるように思います。
例えばパートナーとの関係において、
「本当は〇〇して欲しいけど、期待してもどうせガッカリするだけだし、、、」
と、期待しない選択をすればガッカリすることは無いかもしれません。しかし、自分の本当の願いに蓋をしてしまうことでもあります。
期待していることは、お互いが理解をしあえば本当は得られる可能性があるのかもしれません。しかし、ガッカリすることを恐れて諦めてしまっては、得られるはずだった喜びも得られなくなってしまいます。
期待しないことよりも、何を期待しているかがお互いに分かるような、人間関係こそが大事なのではないでしょうか。
その為には、自分の気持ちをしっかりと伝えること、そして相手の気持ちに寄り添い、理解しようとすることが必要です。
近い関係であってもお互いに干渉をせず、期待もしない。全ての人と深い部分で理解をしあうのは無理でも、多くの時間を共にするごく近い関係においても、そのような薄い人間関係しかないことは、とても勿体ないように思います。
その第一歩として、良き聴き手になること。まず、相手が何を感じ、考え、期待しているのかを知ることが大事になります。
互いが互いのことを理解しあい、何を期待しているのかが手に取るように分かりあえる遠い未来に期待をして、できる所から始めてみてもいいのではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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