私自身の話ですが、ずっと相当嫌われたくないお人好しだったんです。
それは物心ついた時から既に。。
人に何かを譲らなくてはならない。
人に嫌な思いをさせてはいけない。
ワガママを言うと、ワガママ言わないの!と親から言われ…それが本当にワガママだったのか…今は疑問なんですけどね。
ただ、自己主張をしているだけだったのかもしれない。
「私、これがいいの!これも可愛い!どっちか選べないからどっちも欲しい!」って。
いくつかある中の、紙粘土を焼いて作ったお人形。
母の作ったそれらは、どれも可愛かった。
でも、お友達がことごとく私の好きな人形を指指す。
そしたら、私の意見じゃなくてお友達に譲ってあげなさいと言われる。
だから、嫌だ!どっちも欲しいってダダをこねる。
そうしたら、「あんたって本当にワガママな子!」って呆れられる。
私は欲しいものをただ欲しいと言っただけなのに、何故か怒られる。
いつもいつも、先にお友達に選ばせる事が凄く嫌だった。
何で私に先に聞いてくれないの?って。
だから、良い子でいなくちゃならなくて、だんだんとお友達に遠慮する、何も言えずに我慢をし、小学生になってからは何かにあたる事が多くなっていったし、今で言う突然爆発してキレる子?のようになってしまっていた気がする。
感情を抑え、我慢をし過ぎると、誰もが突然爆発するのだ。
この幼い時期の事をキッカケに、私はワガママを言う子だというレッテルを貼られ、事ある毎にワガママと言われ育ってきた。
確かに、元々の性格があるので、欲しがりちゃんではある。
ワガママと言われてもしょうがないくらいの欲しがりよう。
でも、中には「私、何でもいいよ」という子もいる。
そういう子は聞き分けが良いと判断され、良い子だと言われてる事がシャクで嫌いだった。
でも、本当に何でもいいみたいで、何かに萌える事や燃える事も無いらしく、それはそれで親に「あんたってつまんない子だね」と言われてきたという事を耳にすると、どっちもどっちで…子供側もいろいろ大変だなぁと思うのだ。
子供の世界の事って、親になると忘れてしまうものだ。
あれだけ子供ながらにいろんな事を思ってきたのに、忘れてしまう。
大人になると現実をどう生きるか懸命だからかもしれない。
社会に出て、要領良く生きる事も学ぶ。
大人の対応ってやつを、大人の仮面を被っていとも簡単に出来てしまうようになる。
嘘っぱちの自分と、本当の自分の葛藤。
だから社会人は、いつもONとOFFでバランスを取って、社会に上手く適応しているのかもしれない。
そうしないと、実は生きていけない人は多い。。
そんな時、特にトトロや千と千尋なんかを見ると、子供の世界の事をふいに思い出すので、知らず知らずのうちに子供心に帰る事が出来て、すんなり癒されているのかもしれない。
たまにそういったものを見て、大人も子供も世界を共有できる方法を、日頃からいつのまにかいろいろ実践しているのだ。
1人1人、元々持っている性格は違う。
元々持っている性格と育った環境で、今の私が創られている。
だから、それぞれの子供の性格は、未来を物語っている。
ワガママと言われる子は、こうしたい!という自己主張が強いので、夢を叶える力や皆んなをまとめるリーダーにだってなれる。
何でもいいけど…と言う子は、協調性があり、人に譲れたり優しく出来たりする子なので、争い事はほぼ無い、平和な時間が流れているはず。
それぞれの良さがあり、役割があって、世の中が成り立っている。
だとしたら、こうでなければならないのは何も無くて、自分の良さや本当の自分を、「私はこの生き方がいいんだ!」って、胸を張って生きる事が一番理想なんだと思う。
口には出さないけれど、それを言える人の事を羨ましいと沢山の人が思っている。
そうなりたいと思っても、出来ないから悩む。
人から言われても、これが自分なんですって言えないから、我慢するから、合わせようとするから苦しい。
社会で生きるって、そうじゃない事のオンパレードなので…100%自分を出して生きるのは難しい。
でも、こんな生き方がしたい!と思うなら、それが本当の自分の希望なんだという事を周囲にアピールして生きる事は出来る。
そのままの性格のまま、でも、こういう自分にもなりたい!と思う心が、これからの未来のあなたを創っていく。
それを、自己肯定と言う。
いつもありがとうございます。
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